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妻との別れ (1)

妻が異変に気付いたのは2002年11月のことだった。

自分で胸を触診し、しこりがあることに気付いた。

すぐに近くの総合病院で診察を受け、年内にも手術をという話になったが、術後の方針を巡り妻と主治医の意見が合わず、最終的に手術が行われたのは1月だった。

手術は無事終わり、患部も11ミリと心配していたほどの大きさではなく、これで一件落着と主治医も含めた皆が思った。



病院に通い、定期的に傷口の手当てを受けていたが、どうも傷口の様子がおかしいということで細胞診に回される。

患部が広がっていることが判明し、急遽全摘手術を実施、放射線治療を限界量まで集中的に行う。

毎日病院に通い、放射線治療を受けた後、抗がん剤の投与を受ける。


副作用から、髪は抜け落ち、肌は生気を失う。




全摘手術から半年後の2003年秋、ほとんど何も食べられない状態となり、緊急入院する。


体調不良の原因を、主治医も本人も、ホルモン治療の副作用と思っていたが、実際は違った。

がんが、脊髄、肋骨、骨盤に転移し、血中のカルシウム濃度が異常に上がったためだった。

主治医から、

「お気の毒ですが、6~7年は持たないでしょう。おそらく4~5年。早ければ1年ということもあります」

と宣告される。

また、全身に転移してしまったので、今後は“治療”ではなく、“延命”になることも聞かされた。

つまり“治らない”ということである。



主治医からの宣告で最もショックを受けたのが、この宣告だった。

なぜなら、この瞬間まで妻が死ぬことなどまったく考えていなかったから…。

宣告を聞きながら頭の中に浮かんだのは「あと4年しか一緒にいられない? 一緒に50代を過ごすことはできないんだ…」ということ。月並みな表現だが、目の前が真っ暗になった。


宣告は必ず妻の病室に行く前に受ける。いったん病室に行ってから呼び出しを受けると、何の話だったか妻に絶対尋ねられるからだ。

主治医は告知しないポリシーだったため、妻は自分がもう助からないことを知らない。

ただでさえ容態が悪い妻に絶対気付かれてはならない。その思いが私を立ち直らせ、病室では普通に振る舞うことができた。


その後、投薬で血中のカルシウム濃度は下がったものの、今度は白血球が激減する等して、結局、妻は4週間ほど入院した。




退院後、妻は抗がん剤投与を受け続けた。


休日はショップ巡りをしたり、昔よく二人がでしていたラーメン屋やパスタ屋の食べ歩きを再開した。


しかし、妻の容態は緩やかかつ確実に悪化していった。


調子が良い日は映画やカラオケに行ったり、子供たちと日帰り旅行に行ったりもしたが、1日のうちベッドで過ごす時間が長くなってきた。


そんな具合が悪いなか、妻はすっかり変わってしまった体型に合うよう、必死に身なりを整え、息子の中学入学式に参列した。


今から思えば『入学式までは!』という気持が妻を支えてきたのだろう。

この日を境に、妻が床で臥せることが急増する。


そして、問題の日、忘れもしない2004年4月23日がやって来た。


(2)に続く

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辛い思い出ですね…

私も…
ワイフとパートナーには、乳癌検診を毎年受ける様に薦めます…
健康で居なければ、何にもはじまりませんからね
バックナンバーは“理緒さん”と名前を置き換えて読ませて頂きます。

No title

どういうお気持ちで綴られているかと思うと、
同じ思いをしたものとして 胸が締め付けられます。
私の夫は胃がんでした。
健康には とても気をつけていて、
職場の検診だけでなく、人間ドックも毎年受け、
お酒もタバコもやらず、
徒歩で通勤していましたが、
検診で がんを見つけてもらえず、
手術は成功したのに、一年後に転移が見つかりました。
でも、亡くなる10日前まで 仕事に行っていました。
無念だっただろうと思います。
私は 当時40歳になったばかりでした。
そのときは 夫以外の人とまた恋愛するなんて
想像も できませんでした。
今の彼との出会いは とてもとても不思議な縁だと思っています。

ケンメリさんへ

はい、乳ガン検診必ず受けるよう勧めてください。
がんは、早期発見、早期治療が大原則です。
妻は健康面にはうるさい人でしたが、たまたま二年連続で乳ガン検診を受けなかったんです。
受けていたら結果は違ったかもしれません。

乳がんだったんですね

つらい出来事でしたね。
検診って大切ですよね。
うちの主人も疑いの病気の検査は毎年かかさず受けています。
乳がんって見つけづらいといいますが、本当にわからないみたいですよね。
検診の大切さがよくわかります。

ポッキーさんへ

ご主人との辛い思いを思い出させてしまって申し訳ありません。
私がどんな思いで書いているかと言うと、「自分はバカだなぁ」と…。
うつ病で2年を棒に振り、ようやく考えないようになったのに、自分からかさぶたを剥がすような真似をして、また元に戻るのか…と。
書いていると、当時のことが思い出され、正直辛くなってきますね。
こんなこと書いても誰も得はしませんよね。
読んでも気持良い思いはしない…。
だから今まで書かなかったんですが、何をしてるんでしょうね、私は…。

mimiさんへ

ええ、乳がんでした。
ですから、当初はこんなことになるとは思いませんでした。
妻の乳がんは浸潤性で、悪性度が高い、広がるタイプでした。
切除すれば終わり、という訳にはいかなかったんです。
がん細胞は一定の速度で大きくなる訳ではなく、ある大きさを境に加速します。故に毎年検診を受けることが重要になります。
検診は大事ですね。

大丈夫ですか?

私は何をしているんでしょうね…と 辛いお気持ちにはなっていらっしゃると思いますが 確実にガン検診の大切さは 伝わりましたよ(;_;)
主人の父は 10年以上前に 胃ガンになりましたが 今も元気でいます。早期発見だったそうです。ですから 主人もアラフォーになってからではありますが 毎年人間ドックを受けています。
という家族の中にいながら 私自身は後回しで 乳ガン・子宮ガン検診を受け損なってしまっています(ノ-_-)。 改めて検診に行かなくては…と感じた一人ですよ。気付かせていただき、ありがとうございました。
奥様の事を 綴られてブレネックレスさんが 鬱状態に 陥られるようでしたら 次回からの 更新はお止め下さいね(*^-')b
無理のない程度で 更新なさって下さいね♪
いつでも 応援しています。
追伸 お嬢様は 大学生活に慣れていらっしゃいますか?

みこママさんへ

大丈夫ですよ。
人間って良くできているもので、長い間辛い環境に晒されると、自分の身を守るメカニズムが自動的に備わり、働くようです。
私の場合、それが感情の振り幅です。
以前は喜怒哀楽が明確で感情表現が大きかったのですが、うつ病になると、落ち込みの度合いも非常に激しくなりました。
何とかこの辛い状況から脱したい助けてほしいと苦しんでいたら、うつ病から回復した際には、感情の振り幅が小さくなってました。分かりやすくいうと、自然に感情を殺すようになりました。
ですから、普段はほとんど笑いませんし、怒ることもありません。
まぁ、感情を殺す以前に、笑うほど面白いと思うものがなくなったこと、怒るエネルギーがなくなったこともありますが…。
最初は、うつ病から回復したら元の私に戻ると思っていましたが、それは間違いでした。
妻が死去した、つまり環境が変化したから、元に戻る訳はないんですよね。それに、私自身が元の私を忘れてしまいました。(笑)
と、変なことを書いてすみません。

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変な事では ないですよ

はい 人は弱いのです。だから 自分の身を守る術を自然と身に付けていくのだと 思います。そして字の如く(金八先生なみに…) 人は支えあって生きています。
その大切な支え=伴侶(奥様) を亡くされた時は どれ程の悲しみでしたでしょう( ┰_┰)
私は 実家の父親を急に亡くした事がありますが、 それに匹敵…いやそれ以上なのでしょうね(;_;)/
悲し過ぎます。
感情を殺す…なんて、 なんて事でしょう!! 人は喜怒哀楽があるから 波が押し寄せてきたとしても 耐えていられます。少なくとも私はそのように思っています。 長いトンネルの中に いらっしゃったのですね。 明るい光!?出口が見えてきたと思って、たどり着いたけれども そこは今までの自分が居た場所とは 180° 違った所だったのでしょうか?
ちょっと私の感じた世界を イメージでしかないですが、コメに書かせてもらいました。(全く検討違いならごめんなさいm(__)m)
あぁ だからお嬢様も とても深い父娘間の 感覚を私が感じたのですね。
もう 文才がないため 思っている事が 上手く伝えられているか わかりませんが Brenneckesさんが元のご自分を忘れた… という記述に悲しみが溢れ、元気を出していただきたくて 訳のわからない事を 書いてしまいました。
私こそ 変な事書いてごめんなさいm(__)m

○○さんへ

ご心配いただきありがとうございます。
うつ病の際、『早く元の自分に戻りたい!』ともがき苦しみました。
しかし、いつまで経っても元の自分には戻れませんでした。
そのうち『元の自分に戻ることが正解ではないのでは?』と思うようになりました。
そうしたら、肩の荷が降りたのか、少しだけ気持が軽くなり、元の自分に戻ろうと思わなくなりました。
うつ病は明確に「この時点をもって終了」という病気ではありません。
正直、自分でも治ったのかどうかは分かりません。
ただ、自分の感情がコントロールできなかったり、奈落の底まで気持が落ちることはなくなりました。
他人のちょっとした言動で気持が急降下することもなくなりました。
ですから、治ったのだと自分では思っています。
ただし、昔の自分ではありませんが…。

○さんへ

丁寧で暖かいコメントありがとうございます。
正直、このエントリーを書いて落ち込みました。
なぜ、わざわざ思い出し、自分から辛い思いをするよう仕向けるのか分からなくなりました。

でも、一方で書き上げたいという思いも消えませんでした。
だから、(2)をアップしました。
少しでも私たち夫婦のあり方、気持を理解してもらえればと思います。

みこママさんへ

いつまで経っても出口に辿り着けないので、方向を変えて違う出口に出ることにした という感じです。
娘も息子も、うつ病でおかしくなった私の姿をずっと見てきましたから、ずいぶん辛い思いをさせて申し訳なかったと思っています。

激励ありがとうございます。
もうあんなどん底に陥ることはないと思いますので、安心してください。(^_^)
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